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ウィリアムズ%Rインディケーター

【歴史の裏側】
RSI、MACD、ADXなどのインディケーターより前に開発され、先にデビューしたテクニカル・インディケーターと言えば…ウィリアムズ%R

その昔、パソコンが登場する前は、株価は証券会社に行かないと確認できなかった時代、
ニューヨーク証券取引所の出来高が1千万株を超えると重大ニュースとなり、取引所が売買を一時的に停止するようなときに、 この世に、あるインディケーターが登場した。
それが、ラリー・ウィリアムズ%Rである。
%Rが誕生してから既に45年の月日が流れている。
これまで、株や先物、商品トレーダーに愛用され、その利用者は全世界に存在している。

%Rこそ、全テクニカル・インディケーターの元祖と言えるだろう。
もちろん、開発者である私がこのインディケーターの活用法を、この世で一番理解している。
最もよく使われているインディケーターの一つである%Rは、中国の経済紙をはじめ多くのメディアで取り上げられている。
もちろん、無料、有料に限らず、どのチャートソフトに%Rは搭載されている。

このデジタル時代のマーケットで、開発者自身がこの%Rを、FXや株、先物などの市場でどのように使うのかをここで紹介する。
このインディケーターをデイトレ、スイングトレード、中長期投資と広範囲にわたって活用できるようになる。

ウィリアムズ%R 開発者:ラリー・ウィリアムズ

まだ若く、そして、無謀なトレーディングをしていた私の唯一の売買ツールは移動平均線だった。
しかし、その成果は、暴れ馬のごとく上下に激しく首をふるような酷い動きをしていた。1966年、私は役立つ売買ツールを探していた。

当時、アマゾンもインターネット検索もなかった時代に情報ソースは書籍だけだった。オレゴン州ポートランドに住んでいた頃、JKギルと言う町で一番大きな書店が情報源だった。ここには、株や先物、商品のトレーディングに関する全ての書籍が揃っていた。その数は、たったの5冊だが・・。
バロンズ誌は近所の図書館に置いてあった。そこには、1930年代から1950年代までに発行された投資関連の書籍も保管されていた。

1955年から1965年の10年間に発行された投資の本には、アート・メリルのフィルター・ウェーブ論、グランビルのクライマックス・インディケーターやハリー・ショルツの本があった。しかし、この期間に世に出された本は使い物になるモノは少なかった。

今でこそ誰もが知っているストキャスティックスは、当時、ラルフ・ディサントによって開発された。 ラルフの事務所に弟子入りしていたジョージ・レインによって、ストキャスティックスが一般化されたが、ジョージはその開発者ではない。

アラン・デェイビスは%ACと言うストキャスティックスのクロスラインを開発して、そのインディケーターのコースを販売していた。 そこで、%Kと%Dのクロスラインについて知ることになったのだが、検証の結果、その効果に大きな疑問を持つようになった。

買われ過ぎや売られ過ぎを示すオーバーシュートと言うコンセプトには感銘を受けたが、 パラメーターを10日間に設定する理由には納得できなかった。

しかし、たくさんのアイデアを学ぶことができたため、実践で活用できる材料を手にすることができた。 そして、今日の終値と過去の値幅との関係に着目したインディケーター%Rが完成した。 さらに%Rのトレンド分析を考え、1967年に出版した“How To Select Stocks for Immediate & Substantial Gains”の中で初めて紹介した。 (参考までに、%RのRだが、私のミドルネーム、RichardのRを使っている!)

%Rを開発した当時、私はパシフィック・グローブのパーク街506番地の1部屋のアパートに住んでいた。 しかし、開発から1年が経ったとき、カリフォルニアを代表するリゾート地、ペンブル・ビーチのキャメルに移り住むことができたのだ。 %Rを使ったトレードの成果は素晴らしかった。徐々に投資助言を求められる機会が増え始め、投資機関誌の発行を始めた。

オレゴン大学でジャーナリズムを専攻していたことがここで大きく役立った。 ニュースレターの販売収益と運用益からキャメル・バレー・カウトリークラブを購入した。そこが、自宅兼トレーディングセンターとなった。アメリカの代表するフォーク歌手、ジョーン・バエズのピースセンターから1マイルと離れていなかったこの家は、のちに、アース・ウィンド・アンド・ファイヤーのグループに売却された。 当時、25,000ドルを頭金として支払い、月のローンが5,000ドルだった125,000ドルの家である。 今の金額にすると少額だが、同時の平均年収が1万ドル弱の時代ではかなり高額だった。今でもこの売買を忘れられない。

戸建を購入するのに4,285オンスのゴールドが必要だった当時と比べると、同量の金の価値は、6,427,500ドルに跳ね上がっている。 アメリカの代表する不動産売買サイト、Zillowをチェックしてみると、当時の家は$3,000,000ドルの値がついている。

隣人で親友のリン・エルドリッジもトレーダーだった。長年、相場の世界でいろいろな波をともに乗り越えてきた親友である。 若く無謀で何も恐れずトレーディングしていた当時を振り返ると懐かしく感じる。 あの頃、秘書のミッシェル・ノーズワーシーが本を書く手伝いをしてくれた。 ミッシェルの旦那、フレッドは株のブローカーで、彼女は相場の世界をよく理解していた。素晴らしい、多くの友人とトレードをしながら、“How Seasonal Factors Influence Commodity Prices”を出版できたことを今でも誇りに思っている。

全ての成功は%Rだけに限ったことではない。ビル・ミーハン氏からCOTレポートの活用方法を学び、ずっとこの教えは役立っている。 しかし、%Rインディケーターをうまく活用したことで多額の利益を得られたことは紛れもない事実である。 また、世界各国のトレーダーや投資家から感謝のレターを受け取った。 私以外にも%Rを利用して富を築きあげた投資家は多いようだ。

30歳で初めて1,000,000ドルの利益をあげ、リンとそのお祝いに引退ディナーを開いたことは、今となってはジョークでしかない。当時の引退宣言は笑い話であるが、30歳でリタイアすると思った。しかし、その後もマーケットの虜となってしまい、今でも相場の世界から足を洗うことができない。

当時、リンと良く話していたが、250,000ドルあれば、年率10%の運用で十分に食べていけると思っていた。 それは大金だった。1970年に4ドアセダンのベンツを、5,600ドルで購入した。 もちろんその金額には、カリフォルニア州の消費税3%か4%も含まれていた。 今では消費税が8.5%になり、初めて買ったベンツの代金より消費税の方が高くなった。

思い出話はこれぐらいにして、%Rを短期売買でどのように利用するのか説明したい。
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